京すだれ川崎
夏の風物詩から新境地へ
陽射しを遮り風は通す優れものとして夏の暮らしには欠かせない民具の簾(すだれ)。エアコンなどなかった時代には、衣替えの時期になると軒先に簾を吊り、襖を簾戸に換えて住まいを夏の装いにしたものです。ところで簾と一口に言っても、庶民が夏の設えとして使うものだけでなく、神社仏閣の拝殿や本殿に使われる布の縁取りをした御簾(みす)は一年を通じて使われるものです。
日本で簾という言葉が最初に登場したのは万葉集といわれていますから奈良時代。源氏物語の絵巻物には高貴な人の座所に御簾が吊られた様子が描かれていますから、平安時代には貴族のインテリアには欠かせないものになっていたのでしょう。
かつては夏の風物詩でもあった軒先に簾を吊った風景は、住まいの様式の変化やエアコンの普及によって失われていきました。同時に産業としても転換期を迎えます。そんな中でいち早く新たな展開をはじめ成果を上げているのが京すだれ川崎です。
新しいニーズを取り込むために
当主の川崎音次さんが京都市内の老舗すだれ店で修行した後、1972年に嵯峨野で創業した京すだれ川崎。その後、手狭になったため広い敷地を求めて1988年に現在の場所に移転したのだそうです。当時は規格品のすだれ製造を請け負う仕事が大半でしたが、移転を機に木工機械を導入して竹と木を組み合わせた茶室の窓や天井材の製造を始めました。また“下請けのままではダメ、何かしないといけない”という思いの元に東京の建築・建材展に出展しました。当時は業界的に問屋が強い時代だったので、1週間の出展期間に店を空けるためにはかなり苦労したといいます。取引先には内緒での出展でしたが、それまでの取引先とは異なる建築設計事務所やデザイン会社の開拓のためには新しいものを見せる必要もあり、またオーダー対応の柔軟さなどを見せるためにいろいろと工夫してきたといいます。その甲斐あって毎年出展している内に東京からの注文が入るようになってきました。「作っている枚数は規格品を製造していたときと変わっていませんが、時間的にも利益的にも随分、楽になりました」というのは自身も2級建築士の資格を持つ川崎るみこさん。1998年から10年以上に渡って建築・建材展に出展し、設計士からのリクエストに応える内にバラエティに富んだ製品づくりのノウハウも蓄積されていき、業界でもヘンなものを作るなら川崎という評価が生まれてきたそうです。そして2008年には海外への出展もスタートしました。
海外での経験から学んだこと
「アンビエンテへの出展のきっかけは、当時取引のあった商社の方から声をかけていただいたことですね。まわりからも日本の伝統ものはヨーロッパで売れると聞かされていたので、海外の人は派手なものが好きだろうと思って、そういう商品を持っていったのですが、結果はまったくダメでしたね」というるみこさん。最初のドイツでは成果は見られませんでしたが、それでも懲りずに2013年にはロンドン・デザイン・フェスティバのTENT LONDONに出展しました。「ロンドンはクールジャパンのグループ展で、事前にロンドンのデザイナーからのオーダーがあり、普段私たちが作っているもの、いわば地味なものですね。それを持って来いということでした」。このロンドンでは思いかげない出会いがあり、その後のモノづくりに大きな影響をもたらすことになりした。「展示会で知りあったデンマークの美大の先生から来年、生徒を連れて日本に行くから工房を見学させて欲しいというお話しでした。そして本当にやってきたのです。そこで生徒達がワークショップで編んだものが驚きでした。私たちが作ると日本のものなのですが、彼らが編むと北欧のデザインになるんです。例えばグラデーションのすだれでも、色の使い方が全然違うんです。だから私たちの作ったものを押しつけてもダメだなと思いました。その国や人なりのデザインに合ったものを作るというのが正しいやり方ではないかと。また、その生徒に指摘されたのが材料のこと。それまで輸入品と国産を半々に使っていたのですが、日本にはこんなにいいものがあるのに、なぜ輸入品を使うのか、すべて日本物で作るべきだというんです」。そこで、京すだれ川崎はできるだけ国産の材料に変えることにしました。因みにこのデンマークの大学は、工芸の学校からスタートしてデザイン主体の美大になり、さらには社会の課題を解決するソーシャルデザイン教育で有名なところのようです。日本の素材を使うべきという意見にはこの学校の思想が現れているのかもしれません。材料を日本産にするという判断は、やがて正解だったことがわかります。それは海外への輸出が増えていく中で起きた通関時のトラブルです。SDGsの思想が浸透しているヨーロッパやアメリカでは輸入時に使用している天然素材の来歴を問われることがあり、不法な伐採や再生できない栽培法によるものは通関できないことがあるのです。
ネット時代が世界をつなぐ
今では総売上の25%を占めるという海外からのオーダー。そのきっかけは一通のメールでした。「ある日、わずか数行のメールで、すだれをオーダーできるかという問い合わせがあったんです。それがイタリアの会社でした」。
インテリアデザインや施工、カーテンの販売まで手がけているというその会社と取引が始まり、2017年秋のミラノHOMI展に出展した際にはじめて会うことに。「9月に会ったときに聞いてみたらメールは数社に送ったけれど返事があったのが当社だけだったといってましたから、頑張って返事を出したのが良かったんですね。彼らの会社は施工もできるので仕事はスムーズですし、リクエストもハッキリしていてオーダーから10日ほどで出荷したり、1回に40枚のオーダーがあったりと順調に進んでいます。彼らは日本の伝統的な商品を扱っている意識はないと思います。縁に織物の付いた御簾を窓の装飾に使っているようですが、日本人が思うよりもシンプルなデザインのオーダーが多いですね」というるみこさん。イタリアはおとなしいもの、アメリカは色も遊んだものが好まれるなど国や地域の特色があるので、自分たちの美意識を押しつけないことが海外との取引を円滑に進めるコツだといいます。
ヨーロッパとアメリカが主で、時にはニュージーランドなどからもオーダーがありますが、すべてはネットからのアクセスだそうです。
今ではほとんどがHPからの販売で、規格品だけでなくオーダーもネット経由が大半を占めるに至っていますが、京すだれ川崎がHPを開設したのは1997年とかなり早い時期でした。「最初はネットも浸透していなくてHPを開いても何の問い合わせもなく、商品も全く売れませんでした。考えてみればまだ家庭にPCも普及していないし、スマホもなかったですから当然ですよね。でも当時は何も知らないからHPを作った会社にクレームを入れたりしていました。オンラインショップが順調に稼働するようになったはここ数年のことです」とるみこさんはいいますが、HPの英語サイト、フォイスブック、インスタグラムといったSNS、2007年からはじめたブログもこまめに更新していますから、ネットでの情報発信にはかなり積極的に取り組んでいるのが伺えます。
次世代に繋ぐSUDARE文化
それまでは市場になかった色の付いたすだれを作ったり、買いやすい価格の雑貨に活用したりというアイデアの多くは、建築・建材展を通じて知り合った設計士やデザイナーとのやりとりから生まれたものだそうです。デザインに対する柔軟さや新しいものを生み出していこうという姿勢から、オンラインショップには多くのオリジナル商品が並んでいます。
建築・建材展は来場者が変化してきて、ネットが主になってきたと感じたので出展をやめ、新しい試みをするために京都デザイン賞や京都文化ベンチャーコンペティションに応募して賞を得ている京すだれ川崎。昔から京都で育まれた物作りを次世代へ繋げようというチャレンジから、どんな製品が生み出されていくのか楽しみです。
京すだれ川崎
京都府亀岡市千代川町千原片ホコ14-3
TEL 0771-22-6833