南條工房
祇園祭や各地の囃子鉦・鳴物神仏具を専門に製造してきた南條工房。創業190余年という歴史を持ち、伝統の技術と⼯房独⾃の配合による “佐波理(さはり)” という銅と錫の合金の素材を使って、祇園祭の囃⼦鉦や雅楽の鉦、仏具のおりんなどを専門に制作してきた国内で数少ない⼯房です。古くは正倉院宝物にも⽤いられている佐波理は、響きと⾳⾊が良いが⾮常に鋳造が難しい合⾦で、南條工房では⾳⾊の良さを引き出す研究を重ねて、五代⽬の南條勘三郎氏が独⾃の配合率を⽣み出したといいます。この技術を受け継いで新たにLinNeというブランドを生み出したのが七代目の南條和哉さんです。
現代仏壇への市場変化が契機に
新たな試みのきっかけとなったのは2016年〜2017年頃で、それまでも緩やかに下降していた仏具業界の売上げの減少を顕著に感じるようになったことだといいます。「元々、おりんは仏壇の付属品という位置づけでしたので、家に納められる仏壇の価格が100万円であれば3〜4万円のおりんも割合としては認められる範囲でしたが、近年は仏壇が小型化して価格も安くなってくると、南條工房が従来から作っていた高級品のおりんは仏壇に比して高いものになってしまいました。そこで量産品や輸入品に流れていくようになり、ウチの需要も減っていきました」という南條和哉さんは、七代目として南條家に生まれたわけではなく工房は奥様の実家、しかも元は料理人というキャリアの持ち主。工房を見学した際に感動し、バイトからスタートして2003年に入社し職人歴は20年に及びます。そんな経歴の持ち主ですから、根っからの鳴物鋳物職人とは違う視点があったのでしょう、業界の衰退を感じる中で新たな試みの必要を感じていました。
「異業種の職人との交流で話をするとデザイナーと組んで今のライフスタイルに合う新しい商品づくりをしているとか、伝統工芸の世界でも先駆的な試みをしていることを知りました。それまで職人は作ればいいという考えで、業界以外の動きや市場に関する情報を知ることはほとんどなかったんです」。こうした現状に危機感を感じた南條さんは商工会議所の販路開拓セミナーに参加し、そこで出会ったプロデューサー西堀耕太郎氏の主宰するジャパンブランドプロデューススクールを受講。同時に商品開発やブランド創出を支援する京都職人工房の講座も受講することにしました。
学びを形にする歩み
「ウチの規模でいきなりプロデューサーやデザイナーに依頼するのはハードルが高い。コストもかかりますし、お願いしたとしてもうまくいくとは限らないですから。それを社長に提案して“ホンマに売れるんか”といわれとも大丈夫とはいえないでしょ。それは冒険過ぎると思って、自分で考えられること、自分でできることからはじめようとセルフプロデュースでのブランドづくりを目指すことにしまた」。京都職人工房でブランディングやPOPの作り方、情報発信などスキルアップの方法を学び、商品開発ゼミに参加する中で新たな商品づくりをスタートしました。
「自分たちが何を伝えたいのかというところから始めました。そんなことは今まで考えたこともなくて、それまでは問屋さんが企画して売るわけですから、問屋にいいといわれるものを作っていれば良かったわけです。ウチの強みは何なのか、何が人に刺さるかを考えていく中で、やはり“音色”を大事にしようというところに行き着きました。リーンと真っ直ぐに伸びる一音を追求してきた南條工房で、自分が作っているものはおじいさんの頃から続く完成形ですから、この品質を落とさないことが前提です。この完成された“音色”をどういう風に今の時代に届けていくことか、ということが次の課題だと考えました」という南條さんは、それまで仏具として使われてきたおりんを、仏教というシーン以外で身近に使えるところがないかとリサーチをはじめました。「従来のおりんは仏具の問屋さんという確立した流通がありましたから、そこに迷惑をかけないようにマーケットを変えるということや違う目線で考えることは2つのスクールで学びました。当初は鋳造技術を生かして違う形のものを作るということも考えましたが、それではウチの音色というこだわりが生きませんし、音が鳴るもので考えても風鈴やドアベルのような用途の決まったものしかない。音色というテーマは決まったシーンで使うものではないし、おりんのように自分で鳴らすものが市場になかったんです」。そこで南條さんはまずモノづくりから始めることにしました。
コストと市場という課題
「おりんを身近にするには、まず小さく、価格を安くという課題を置きました。おりんを鳴らすにはりん棒が必要ですが、これはウチでは作っていないものですから、りん棒の代わりに音を鳴らすために振り型にしたんです。音が良くて、加工工程も機械で出来るものにして価格が高くならないように職人と試作を重ねました。おりんは2つの型を使うことで密閉して圧力をかけるのですが、型を1つにすればコストは落とせますから、外の型を作って中をくり抜くことを考えました。でも円柱状のものを削っていい音が出るかは疑問でしたし、円柱状のものでは圧力がかからず、鋳造するのが難しくて何度も型を工夫して今の形に行き着いたわけです。いい音色になる長さや厚みなど音を追求した結果、自然と今の形になったんです」。モノが出来てからブランディングを考えはじめたという南條さんは、サンプルを身近な人に使ってもらってヒアリングを重ね、そこでどんな風に使うかという事例を集めることでブランディングができていったといいます。ヨガや瞑想、コーヒーブレイク、読書といった現在ホームページの動画に表現されている音色を楽しむ生活シーンは、サンプルを実際に使ってみた人たちから寄せられたものでした。西堀氏のスクールは伝統技術を使ってジャパンブランドを作りたいというプロデューサーを育てるものだったので、受講者はプロデューサー志向の人たち。いろいろな職種、背景の人が集まり、商品の方向性についても積極的な意見を聞くことができたのでテストマーケットとしても絶好の環境だったといいます。
「スクールに集まる人は目線がみんな違うので、彼らの意見はとても貴重でした。またプロデュースする側の人のことがわかるというのも貴重な経験でした。当初、私はなぜ伝統工芸をプロデュースしたいのかと聞いたりして、外からの目線がどういうものとか、プロデューサーやデザイナーという人が何を考えているかがわかって、どう接したらいいかも勉強になりました。2018年から試作を始めて、LinNeというネーミングとロゴ、パッケージは2019年初めにスクールのメンターだったデザイナーに依頼して一緒に考えていきました」。また商品の部分でも、LinNeの持ち手となる紐の部分を京都職人工房で一緒だった昇苑くみひもに相談したり、人脈の広がりがブランドづくりに大きな支えになったそうです。
新ブランドが仏具の可能性の気づきへ
LinNeは2019年3月の京都工芸ウィークが主催する“ダイヤローグ”で発表。ホテルの一室を使用して展示販売するイベントで、このときは昇苑くみひもと共同出展しました。すでに多くの取引先を持っていた同社を通じて多くのお客様に会うことが出来たといいます。このイベントでの出会いから梅田阪急百貨店のZEN(禅)をテーマにしたイベントに出展することに。
「バイヤーの方が瞑想できる商品で音が出るモノということで興味を持ってもらったようです。はじめての消費者向けのイベントでしたが、自分たちが思っていた以上に反響がありました」。LinNeを楽しんでもらうシーンとして瞑想はあったが、実際にどれくらいの人に共感してもらえるかわからなかったという南條さん。知ってもらえばいいという程度の気持ちで臨んだ催事でしたが、1週間でかなりの販売数になったといいます。「LinNeの背景として、おりんや祇園祭の鐘なども持っていったのですが、おりんも結構売れました。その時に仏具屋さんに行きたくないという人や、おりんは買い換えていいものかという質問など、いろいろな声を聞けたことに驚きました。」この催しはおりんのニーズについても新しい発見をもたらしたというのです。仏具屋さんでしか買えないと思っていた人やおりんの音色に興味を持つ人が意外に多いといった発見は、本業である仏具の可能性を考える上でも役立つものでした。
音を聴かなくても“欲しい”が生まれた
コロナ渦で催事機会が減る中で2020年にはオンラインショップをスタートしました。そのきっかけとなったのはある新聞記事の掲載でした。「読売新聞関東版の夕刊で和小物のコラムに紹介されたのですが、それから1ヶ月ほど毎日数件の問い合わせが続きました。音色を聴いていなくても欲しいという人があるのには驚きました」。記事の中に“毎日の祈りを習慣化する音色”というフレーズがあり、これが反響につながったのではないかという南條さん。音を聴かなくても売れるという発見はオンライン販売の可能性を感じさせるものであり、新聞の反響は年齢層が高く電話ばかりでしたが、その対応に時間をとられることもオンラインショップ開設の動機となったとようです。開設当初は売上げも芳しいものではありませんでしたが、2年を経た最近になって少しずつ動きが出てきたといいます。「最近はSNSのフォロワーも増えていますが、取材を受けたり発信力のある媒体に紹介されたり、ポップアップすると動きますね。プレゼントとしての需要やペットのお祈り用とか、仏壇を買うのは抵抗があるけれども写真とLinNeがあれば供養できるという声も良く聞きます」という南條さんはお客さんと話すことで、使い方も絞られてきたといいます。瞑想や癒しなど精神的なことに“音色”の需要があることは、コロナ渦もあってさらに広がっていると感じているそうです。
工房見学が新たなステージへの第一歩
展示会を通じて百貨店の催事の引き合いや取扱店も少しずつ増えていく中で“工房を見たい”という声が届きます。LinNeは丁寧に説明して音を聞いてもらわないと理解してもらえない商品だと思っていた南條さんは、工房にまで来て商品の魅力を伝えてもらえるお店こそが求めるものでした。
「LinNeをはじめるまで工房に人が来ることはなかったのですが、実際に制作の現場をみてもらうと鋳造技術の大変さとか品質へのこだわりを感じていただけますし、音色のことをより深く知っていただけます。LinNeもおりんも音色について深く知ってもらうことが大事だと思っていたので、工房見学は貴重な機会になると知りました。けれども今の工房ですと作業をしている音もあるし、近隣の工場の音もあって音を聴いてもらう環境としては良くないなと思っていました」という南條さんは、工房の事務所と倉庫だった場所に新たにLinNe Factory Studioという施設を作ることを決意します。「ショップかギャラリーが欲しいという思いはずっとありました。LinNeやおりんはニッチな商品なので、刺さる人には刺さるし、興味がない人にまったく響かないものです。ですから母数を増やすことが大事だと思っていました。見学に来たお客さんが発信してくれることで、音色に興味を持つ人が広がるような場作りですね。スタジオでは音色を体験してもらう空間やしたおりんを聴き比べて選べる空間、工房の一部も設けて実演も見てもらえるようにします。宇治には昇苑くみひもや朝日焼の工房もあって体験も出来ますし、ショップで購入することも出来ますから、ものづくりの工房をつなぐことで宇治の観光にも貢献できるのではないかと思っています」と南條さんはスタジオが次のステップになると展望を語ります。工房見学はお客様とのコミュニケーションの場として貴重ですが、時間をとられて作業が止まるのという面もあります。また現在の工房の人数と設備では生産量に限りがあるので後継者育成も課題とのことですが、製造と接客が一体化することで、新しいタイプの職人育成も期待できるのではないかと思います。 “出て行くから来てもらうにシフトしたい”という南條さんにとってLinNe Factory Studioは新たなチャレンジの場になりそうです。
“音色”という市場の可能性へ
“LinNeを通じておりんに戻す”ことが使命という南條さん。海外で取り扱ってくれるところも出てきて、音色というコンセプトには言葉や地域を越えた需要があると手応えも感じているとのこと。さらに南條さんはおりんとアーティストや作曲家とのコラボレーションなど、商品づくりだけでなく南條工房の音色を拡張する試みも行っています。癒しのアイテムとして認知されてきたLinNeが音色という価値観を拓き、さらに仏具を超えた供養や祈りの時間を彩る“音色”として、おりんのポジションを変えるかもしれません。マーケティングではなく、モノづくりの原点に立ち返ることで生まれたプロダクトが新たな市場を創出する先駆となることに注目していきたいと思います。
南條工房/LinNe
京都府宇治市槙島町千足42-2
Tel/Fax 0774-22-2181