洛中高岡屋
座布団から“おじゃみ”へ
フォーシーズンズホテル京都などラグジュアリーホテルに採用され和テイストのインテリア演出に欠かせないアイテムとなっている洛中高岡屋の“おじゃみ座布団”。新感覚の旅館やゲストハウス、料理店などで使われていることが多いのですが、今ではイスタンブールのソフィテルなど海外のホテルにも採用されています。日本スタイルのくつろぎの道具であり、欧風の生活スタイルにもマッチするフォルムが選ばれる理由でしょうか。この“おじゃみ”が生まれた背景には意外なヒントがあったといいます。
1919年に現在の大丸京都店の布団の加工所として創業し、その後は寝具の製造卸として百貨店のニーズに応えてきた株式会社高岡。料亭や寺院などのオーダーにも応える職人の高い技術力に支えられてきました。宴席では座布団一枚ではどうにも長い時間座っていると辛くなる。そこで仲居さんに頼んで座布団をもう一枚持ってきてもらい、一枚を畳んで高くしたところに座る姿を見かけたことから、お尻が上がる座布団が作れないかと試作を始めたのが3代目で現在のモダンスタイルを作り上げた高岡幸一郎社長です。「それまでの座布団は面でしたから、おしゃれな立体の座布団にするためには綿の入れ方など工夫しないといけなくて、試行錯誤を重ねて1年くらいかかりました」。“お手玉のカタチが可愛いから、これを座布団にしてみればーー”というスタッフのアイデアから生まれたのが“おじゃみ座布団”なのですが「八角形のフォルムを作るのと、キレイでラクに座れるという二つの要素を満たすのはかなり技術を要するんですね。“おじゃみ”ひとつには肌布団1枚分のわたが入っているんですよ」という高岡さんは原点である職人の美しい手仕事にこだわる中で新しい商品を生み出してきました。
ブランド価値を高める
座っても凸凹しないわた入れの技術、わたの配合率も老舗百貨店と合成繊維メーカーと共同で開発してきたという歴史をもつ高岡。いわば百貨店と二人三脚で発展してきたのですが、やがて寝具市場にも変化が訪れてきました。それまで百貨店を通じたオーダーや売場で成立していた高級座布団や婚礼布団のニーズは下降線をたどり、職人が作るわた入布団から羽毛布団のように工場で作るものに主流が変わっていったといいます。さらに百貨店の寝具売場は縮小され、メーカーへのスペース貸しに移行しようとしていました。時代が21世紀を迎えた頃、高岡さんは“洛中高岡屋”と名乗ったブランドづくりをスタートします。新たにパンフレットを作り、次なる市場を求めてインテリア展示会や海外に目を向けました。 「先ず出展したのは東京で開催されるインテリアライフスタイル展でした。展示会はそれまで見にいくものだと思っていました。百貨店向けに年2回、同業他社と時期に合わせ自社で展示会を開いていましたが、あくまで百貨店対象で他の市場まで目が向いていなかった。ところが百貨店のスタンスの変化で百貨店以外の販路が必要になってきたわけです。インテリアライフスタイル展は、20年以上前は寝具関係のメーカーで出展していたところはなかったので、我々が初めてだと思います。会場のブースで名刺をいただいて後日に営業に伺うというやり方を続けました。伊勢丹などの新規のお客様もこの方法で開拓したところです」という高岡さんが展示会出展と同時に始めたのがブランドの差別化です。「いい商品を出してもそれを真似されたり、似た商品に埋もれたりすることはよくあります。自社の製品を守っていくには意匠や商標登録などの知的財産権が必要ですし、社名や商品名を知ってもらうことは我々のような小さな会社にとっては財産になるので、ネーミングにはこだわるようになりました」。そして2007年に“おじゃみ座布団”を発表しました 。
そして翌年、海外へのチャレンジがスタートします。まず出展したのはドイツ・フランクフルトのハイムテキスタイルでした。床に座る、低く暮らすといった日本的なスタイルを売り込もうとしたのですが、展示会での反応は芳しいものではなかったといいます。「床に座るという提案をしたいと思っていたのですが、ヨーロッパの人の生活スタイルを変えようなんていうのが無理だったんですね。いきなり床に座れといっても、そんなこと生活に取り入れられませんから」。そして次に出展したのがケルン国際家具展。しかしここは、家具がメインで規模も大きく、日本からの小さなブースでの出展では無理だと感じたといいます。そこで2014年1月からはパリのメゾン・エ・オブジェに移り、ここで7年間に渡って出展を続けることになります。「1年目は珍しいものという視線、2年目になると“また出てるな“、3年目になって“話を聞こうか“というふうになってくるんです」という高岡さんが出展したのはメゾン・エ・オブジェの中でもクリエイティブなホール。ターゲットは建築家やインテリアデザイナーです。「なかなかその場では反応がないんですね。でも海外の展示会にいくことで色々な人に出会えます。これが財産になっていくわけです、続けないといけないと実感しましたね」
座るから寛ぐへ
また国内では展示会への出展と平行してネット通販をスタート。試行錯誤を続ける中で、NHK“おはようニッポン”に取り上げられたことがブレークのきっかけになったといいます。「この番組に出たら電話がジャンジャン鳴り続いてーーと聞いていたのですが、そんなことはなくて、ちょっとガッカリ気味で朝食後にパソコンを開けると注文がどっさり入っていました」。ここから国内での受注も少しずつ増えていったのだそうです。「ネット通販の施策はどんどん変わっていきます。今まではSEOなどシステム的なお客様の誘導に目が向いていましたが、今はお客様がいかに欲しいと思っていただけるか、欲しいと思っているものを提示できるかに移っていると思います」というのはプランニング部の高岡佳奈絵さん。高岡のECサイトでは色・柄を細かく選ぶことができるように設計されています。「お好みでオーダーメイドできると、お客様に満足していただいています」という佳奈絵さん。「かつて百貨店でのオーダーメイドの受注会では、お客様が選ぶのに時間がかかることから、お客様を迷わせてどうするーーともいわれましたが、悩んでいる人はニコニコしているんですね。迷うことも楽しいし、その時間が満足につながっている」という高岡社長は自社の製品に人が寛いでやわらかな笑顔になれるようにと“寛具”と名付けています。座るから寛ぐへ、ものづくりのコンセプトも経験と共に柔軟なものになってのきたようです。
インテリアライフスタイル展への出展は、コロナ渦前の2019年まで18年間続けてきましたが、販路開拓の方法としては課題も生まれてきているといいます。「今は展示会も増えていて、どれほど有効かは疑問もあります。主催者としては来場者が多い方がいいわけですから、内容が拡大していく傾向にあります。我々からするとカテゴリが増えすぎても効果的とはいえないですから、どこに出展するかが大切です」という高岡さん。展示会への出展はお客様の声を聞く機会でもありますから、商品にフィードバックする効果もあります。今、おじゃみにはいろいろなサイズがありますが、これも市場を探る中で必要とされる大きさをリサーチしてきたからです。とはいっても手仕事で作られる製品ですから、サイズの変更は技術的な課題も生まれてきます。「おじゃみ作りで使っている機械はミシンくらい、後はすべて手で作っています。例えば大きなサイズの販路開拓を考えたとき、座面の大きさと高さのバランスは、配色は、ブース展示での見せ方など、検討することがたくさんあります。展示会で知り合ったデザイナーも交え、社員と一緒に こうした課題に取り組んできました」
世界に寛ぎを届けたい
高岡では海外の出展を通じて新たなチャネルを開拓してきました。特に建築関係やインテリアデザイナーへの継続的な情報発信から、結果的にフォーシーズンズホテル京都へのおじゃみ納品につながりました。「海外での日本の理解は食からはじまってきました。日本食が広がっていくことで日本のいろいろなものの情報が行き渡るようになって来ました。日本食レストランに座布団があったり、坐禅に座布団が使われたり、日本の文化に親しみがでてきたので、これから私共の製品にもなじんでもらえる下地ができたと感じています。日本には人が寛ぐための良い道具があることを知ってもらい、一度使ってみて感じていただきたいし、日本の手仕事のすばらしさを伝えたいですね」という高岡社長。床でもイスでも楽に座れる“おじゃみ”や赤ちゃんのプレイマットとしても使われる直径1mの丸い“せんべい”といった製品は、ネーミングも日本のライフスタイルを表現したもの。さらに世界で愛される製品にしようと工夫を重ねています。「わたを無造作に詰め込むのではなく、形づくって入れ込む技が海外にはないので、そこに興味を持つかたもいらっしゃいます。日本人は職人が丹念に作り込んだ座布団や布団に座ったり、寝たりする文化があるわけです。世界にある様々な優れたファブリックを使った商品も取り揃え、様々な住空間に適したこれらを通じて寛ぐ道具を広く紹介していきたいと思っています」と佳奈絵さん。洛中・高岡屋ではオンラインでの販売が40%を占めるまでに成長し、海外向けも10%に達しているとのこと。かわいい和テイストの人気ブランドは、世界のOJAMIとなりつつあるのです。
洛中高岡屋
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