私が欲しいものは、他にも欲しいと思う人がいる
茶事で使われる伝統的な懐紙。そんな懐紙を普段使いできるおしゃれなものにしたいと懐紙専門店をスタートした辻亜月子さん。明治時代創業で西陣織などに使われる金銀糸原紙を商う辻商店の3代目夫人です。
辻さんの懐紙との出会いは茶道のお稽古を始めたこと。それはある意味で運命的な出会いであったともいえるでしょう。茶道に用いられる懐紙を、茶席以外でも使えないか、バッグに入れて持ち歩ける懐紙入れは無いかと探したのですたが気に入るものがみつからない。なぜ、私が欲しい懐紙がないのだろうという思いが深くなっていったのは“紙”を扱う家業故のことでしょうか。
「懐紙を調べていくうちに、茶道でかしこまって使うだけじゃないことがわかってきた」という辻さんは、もっとカジュアルでかわいい懐紙があってもいいと思い至ります。
普段使いにでき、日常で持ち歩いて使える懐紙を考え始めた辻さんは、家業が金銀糸原紙を扱っていたので“どちらも和紙だから”と製品化を志します。けれども取引先に問い合わせた答えは“ウチでは懐紙は漉けない”というもの。
懐紙への思いが高じていた辻さんは求めるものが漉ける製紙メーカーを探します。「やっとみつけた製紙所でしたが、ロットが何百キロという単位。これは趣味ではできない、商売にしないといけない。当時は内職程度の気持ちでしたが、素人の強みといいますか市場性を考えずに、自分が欲しいと思うものは、他にも欲しいという人がいる。懐紙を日常使いにしたい人は他にもいるという思いだけでした」と語る辻さん。ここから懐紙専門ブランド辻徳が始まりました。まずはできるところからという気持ちでネットショップをスタート。同時にブログを開設して、懐紙のいろいろな使い方を紹介していきました。このブログが評判となり1日300〜400ビューを獲得。さらに雑誌で取り上げられるなど、懐紙が自分でも使えるものという気づきにつながっていったといいます。
「ネットショップで購入される方は茶道をやっている方が多かったですね。日常に使いたいという私と同じ思いを持っている人が多くいらっしゃると心強く感じました。またブログページを解析すると1ページを見ていただいている時間が長いことがわかりました。思った以上に関心を持っていただいている方が多いと実感できたんです」。京都府のベンチャーコンペで京都経済会賞等4つの賞を受賞し、懐紙の使い方コンペをやったらと薦められたり、懐紙の可能性が広がっていく実感もある反面、製紙ロットが多かったので、主婦の副業ではなかなかこの数をさばけないと思っていた折りに、展示会に出してみたらというアドバイスを受けギフトショーに単独出展を試みます。
外からの視点が刺激に
単独出展は“たいへんだった”と回想する辻さんは、もう少し取り組みやすい展示会をと考え、商工会議所の販路拡大事業であった“project kyo to”に参加します。ここで提出した懐紙の商品化のアイデアに対してアドバイザーからの提案はネコ型の足跡を型抜きしたもの。「アイデアを形にするという作業では、外部の人とのつながりは刺激を受けます。一方では商品開発をスケジュールに合わせて作っていくのは、修正が間に合わなかったらどうしようとかジレンマも有りました」。辻さんは、いわれるままに型抜きの業者を探したり、これまでにない工程を克服するために東奔西走することに。このプロジェクトでの出展は3年に及び、毎年新たな商品開発に取り組むところから家業であった金銀糸原紙を糸に加工したアクセサリーや織物の懐紙入れなども生まれました。
懐紙の機能を拡大して新しいものを生む
2019年、5年ぶりに参加したギフトショー出展のプロジェクト“あたらしきもの京都”で辻さんは新たな経験をすることになりました。出展候補として企画していたものに対してアドバイザーからは“懐紙を扱う人しか相手にしていない商品。懐紙を使わない人にも面白いと思えるものでないとーー”というダメ出し。「懐紙の良さはなに?というプロデューサーの問いに、私は懐紙は書く、拭く、敷く、包むと何にでも使えるところと答えたんです。そうしたら何にでも使えるのはアピール度が弱い、懐紙の機能のひとつに絞り込んで考えてみたらというアドバイスをいただいたんです」
そこで辻さんは懐紙の敷くという用途に絞って、器にするというアイデアに至ります。以前の展示会で知り合ったプリーツ加工の会社に試作を依頼し、形を自在に変えることのできる紙の器という発想が生まれました。
「懐紙だけでなくいろいろな紙を試してみました。プリーツが効果的に生きて、使ってみて面白いと思えるもの。結果的に少し硬めの紙でやってみると満足できるものができたんです。でも実用性としてはどうかと商品になるのか疑問はありました」
同年2月のギフトショーに出してみると来場者が自然に手にとって楽しんでもらえ、今までの懐紙とは異なる反応が感じられたといいます。バイヤーからの反響も上々で、新たな市場性にも手応えがあったのですが、新型コロナウイルスの影響で商品が大きく動き出すところまではいきませんでした。
それでもこの“プリーツのお皿”は京都デザイン賞2020に入選し、辻さんにとっても新たなステップになりました。
「懐紙の機能を拡大して新しいものを生み出すというのは、展示会出展を通じて得られたものです。懐紙にこだわりながら商品開発をしていく上で、これからもいろいろな人やアイデアに出会うのが楽しみです」
アートエリアで新たな飛躍を
辻徳ではこれまでの展示会出展を通じて全国の和雑貨、セレクトショップに販路を得てきましたが、小売と卸の比率は4:6。小売の約半分がネットショップといいますから、懐紙商品は辻さんの狙い通りに新たなファンを獲得するとともに、新しい市場にもフィットした商品となっているようです。
同社は2019年3月に岡崎に新店舗をオープンしました。これは堀川四条にあった昭和初期のレトロな洋風建築で知られた旧本社ビルが老朽化のために解体されることになったため。新店舗の移転に際しては、懐紙商品がミュージアムショップでよく売れていたことから、美術館に行く人がターゲットという戦略から選んだといいます。折から岡崎はロームシアターの誕生以降、ブックカフェやギャラリーを擁する蔦谷書店や京都市美術館のリニューアルでおしゃれな文化ゾーンとして注目を集めるエリアになりました。
伝統的な懐紙に新たな息吹を吹き込み、現代的な雑貨市場にも進出した辻さん。リアル店舗で出会うお客様との出会いから生まれるのは、アート感覚を取り込んだ商品か、それとも金銀糸原紙のように従来の形にとらわれない発想で紙の可能性を拡げていくのか、これからも注目していきたいと思います。
辻徳 / 株式会社 辻商店
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