掛け軸の表装裂がグッドデザイン賞に
015年、掛け軸を飾る表具用美術織物商の鳥居株式会社が制作した、金襴・緞子のワインバッグがグッドデザイン賞を受賞しました。審査員の評は「袋という機能性を持ちながら、金襴・緞子で作られ、パッケージとしても見応えがある。受け取った人も再び何度でも使う事が出来る。海外でも引き合いがありそうだ。」というものでした。
このワインバッグをデザイン、制作したのは鳥居株式会社6代目の鳥居玲子さん。東京でアパレルデザイナーとして有名ブランドの商品を手がけていましたが、父の病気を機に退社し実家に戻ることに。そして戻ってみると当時はまだ現役だった父から「お前は別の企画をやれ」と本業の表装裂に携わることなく新商品開発を命じられたといいます。そこで取り組んだのが商工会議所の販路拡大事業への参加。インテリア方面のアドバイザーとの取組で試行錯誤が始まりました。2004年から幾度となく参加する中で、様々な出会いがあり、他社とのコラボによるモノづくりや百貨店への出展などに声がかかるようになりました。
ワインバッグ誕生のきっかけとなったのは伝統産業振興企画で行われJR京都伊勢丹のバレンタイン催事への誘い。チョコレート以外に喜ばれるものはないかと思案していたところワインにたどり着いたといいます。しかもそれはPR用の撮影前日、まるで“空からアイデアが降ってきた”ように思いつき、金襴の生地を自ら裁断し、縫製してワインバッグに仕上げました。当初は別に飾りとなるリボンを考えていたのですが、裁断している内に持ち手の残った部分をリボン結びにするというエコなアイデアも浮かびました。
ディスプレイ映えもするワインバッグは、催事でも好評で、販売の手応えも上々。売場に立つとお客様の生の声も聞け、仕様も当初は縫製で作っていましたが量産を考えて接着に変更。コストを抑えるための工夫でしたが、これがかえって折りたたんでもシンプルで美しく、薄くてコンパクトで海外のお客様のお土産にも適しているという効果を生みました。
ワインバッグがグッドデザイン賞を受賞するきっかけになったのは、ギフトショーに出展した際に、バイヤーズガイドブックの表紙に掲載されたこと。好評故にコピーされる危険を感じた鳥居さんは意匠登録を考えてグッドデザイン賞にエントリーし、見事に受賞したのです。
一見順調に思えるスタートでしたが、課題も見えてきます。それはギフトのパッケージとして高価であることでした。もともと高級な掛け軸などの表装に使われている生地だけに、魅力的ではあっても何千円のワインを贈るのに同じ位の価格ではちょっと高い。量産は出来ても量販で売れるものでは無い。そこで一般の人が買いやすい価格で商品が作れないかと次なるステップを踏み出します。
表装裂を未来に残していく
掛け軸や屏風、ふすま、衝立など布や紙を貼ることによって美術品に仕立てられたもののことを表具といい、これを仕立てることを表装といいます。この表装に用いられる織物は表装裂といい、西陣や丹後などで生産されています。鳥居株式会社は明治5年に神仏金襴法衣商として初代が創業し、2代目が表装用の金襴・緞子の卸売業をはじめたそうです。「それまでは、表具にも法衣や衣装などを解いたものが使われていたのだと思います。需要の拡大に応じて、表装しやすいように織り方を工夫した特別な裂地を作るようになったわけです。紙を裏打ちしやすいこと、巻きやすいように厚みがなくてしなやかなことに特化した織物が表装裂、その代表的なものが金襴・緞子ということになります」と語る鳥居さんによれば、実家に戻ってきた十数年前には3軒だった同業者も今では1軒になってしまったそうです。住宅様式の変化で床の間のある和室は減り、今では寺社仏閣の設えや製品、書画の展覧会、博物館の文化財修復が主な需要になっているそうです。
暮らしに役立つものを買いやすい価格で
ワインバッグの好評と他社とのコラボでのモノづくりと多忙になってきた頃、ひとりでは無理と感じた鳥居さんは、おしゃれなセレクトショップ企業で企画を手がけていた旧知の友人に声をかけ協力を仰ぎ。他方では父が病に倒れ、代表者として社業を引き継いでいく必要も生じていました。
「まだ一つ一つが点だったんですね。ひとりでやっていたから広がりもなかったし、雑用が増えると心も折れますしね。企画とデザインのパートナーが出来たことで、やっと走り出した感じです」という鳥居さん。
次なるステップを目指すものの、多忙な中でなかなかアイデアが出ないというとき、再び商工会議所の事業説明会に足を運びました。そこでアドバイザーだったデザイナーの梅野聡氏から、“御札の置き場所”というアイデアをもらうことに。「神社でいただいた御札を棚や壁のちょっとした出っ張りに置いていて、たまに地震や風で落とすことがありました。すごく罰当たりな罪悪感もありました」 という梅野氏のリアルな体験から生まれた発想に、鳥居さんの金襴・緞子という付加価値が結びついて「かんどこ」という商品に結実しました。
「金襴・緞子は、おもに掛け軸の表具に使われる織物です。掛け軸は床の間に飾るものですから、神様、かみ、紙の床、など言葉遊びのように思いつくまま並べているうちに神床(しんしょう、かんどこ)という素晴らしい言葉があることを知りました。神様の居場所という商品にぴったりだなと」。
鳥居さんはこの商品を生み出す過程でリサーチを重ね、御札を立てるものはハンズやロフトにもあるが簡素なもので、なによりも和のニュアンスがないことを商機と捉えたそうです。
「“かんどこ”を手にした人のほとんどが、自分用に欲しいと仰います。自宅に神棚がないから神社で御札をもらってもどうすればいいかわからないんですね。これを聞いてようやく、現代の暮らしに役立つものが生み出せた気がしています」と語る鳥居さん。2020年のギフトショーでは好評で、価格が手ごろなこともあり通販や寺院周りのお土産ショップからも受注が入ったといいます。これは百貨店でなく社寺仏閣を中心とした観光地のショップに販路を開拓したいと考えていた鳥居さんの狙い通りでした。けれどもその後の新型コロナショックで、現状では足踏みしているのが残念だそうです。
いいものはデザインやカタログにこだわっている
数々の展示会や百貨店催事への出展を通じて、多くの人との出会いがあったという鳥居さん。かつてデザイナーとのコラボでフラワーベースを創るという企画展で縁のあったインテリアデザイナーの五十嵐久枝さんとの再会から、またひとつ新しい商品が生まれました。“花なり(Hannari)”と名付けられた花器は、舞妓さんの花かんざしをモチーフに、レーザーカットを用いて複雑な形状を実現した美しいデザインで2019年のグッドデザイン賞に選ばれました。
五十嵐さんはデザインにあたっての背景を「表装裂は掛け軸・屏風・襖それぞれにアートからインテリアとして活用されてきていたことに可能性を感じました。裂は緻密で大変美しい織物である。金襴・緞子はハレとケの二面性を持ち、金色や色彩・柄が大変豊富であること。(中略)日本は四季があり季節を楽しむ文化があり、花器であれば、多くの人が生活に取り入れることが可能なアイテムである。草花が主で花器が副となる関係性は、掛け軸での書画と表装の関係とも近づく」と記しています。
「日本の伝統工芸、特に繊物の現状は非常に厳しいが、その新たな需要を探る試みとして興味深い。花瓶としての役割をペットボトルや空瓶に託し、表装裂はカバーとして用いることで、無理のない加工方法で、京都由来のモチーフを意匠として実現している、布としての高級感や存在感があり、色柄のバリエーションも多いことも商品として魅力的。空間装飾の一部として長年使用されてきた素材を、現代の生活様式に合わせ同じく空間を装飾する別の製品に転用したデザインを評価した。」とはグッドデザイン賞の審査委員の評です。
ギフトショーや合同展で様々な企業の商品開発を目にしてきた鳥居さんが気づいたことのひとつに、素敵だなと思うものは“デザインやカタログにこだわっている”ということ。アイデアだけでなく、感性に訴えるものがなければお客様は反応しないし、ものがあふれている今だからこそ、欲しい、買いたいと思ってもらうためにはパッケージも兼ねたデザインが重要という認識です。こうした中で生まれた花なり(Hannari)は、今春には京都・岡崎の蔦谷書店のギャラリーENのショーウインドウを飾り、今秋はグッドネイチャーステーション(京都・四条河原町)でのポップアップストアでの販売も決まりました。
「表装という美術の世界で育まれてきたものを通して、伝統産業や文化とアートをつなげていきたいですし、アートと一般の人との距離を縮めていきたいと思っています」という鳥居さんは「表装裂の文化を絶やさないためにも、織り元の仕事を安定させることが必要なんです」と、新しい販路や常設の取り扱い店の開拓に向かって意欲的に照り組んでいます。
イベントのお知らせ
2020年10月22日(木)~11月4日(木)
GOOD NATURE STATION 3F
(京都市下京区河原町通四条下ル)
鳥居株式会社
〒604-0804 京都市中京区夷川通堺町東入ル
TEL
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