絹で未来をつくる – 京ものストア
絹で未来をつくる
2023.02.01

株式会社 伊と幸

純国産絹のブランド化

 絹を扇子の扇面に張り付けた絹扇子、あるいは絹をガラスに封入したインテリアを彩る絹ガラス。こうしたモダンな商品をプロデュースしている北川幸さん。昭和6年から絹の白生地を製造している伊と幸の3代目です。

 「着物は好きだけど着る機会がないとか、興味はあるけど実際に着物を着ることはないといった声をよく聞きます。実際、着物を着る人を目にすることは減っていますし、このままだと着物文化、絹の文化が失われてしまうと感じたのが小物などをつくるきっかけです」という北川さん。伊と幸は先代の時に純国産絹を守り残すために、契約農家での養蚕から製糸、製織、白生地までを統一ブランド“松岡姫”として立ち上げました。「かつて日本は絹糸の生産では世界一を誇っていましたが、今では純国産の絹の流通量は1%未満になっています。父が立ち上げた“松岡姫”は、日本を代表する三大優良蚕種の松岡姫の繭から繰り出す良質な生糸を織り上げたもので、細くしなやかで美しい光沢があります。発色の良さや風合いなど国産の絹にしかない魅力を伝えるのが私共の仕事だと思っています。父はよくお米のコシヒカリに喩えていましたが、高品質なブランドとして認知されることが国産繭の絹織物を守っていくことにつながっていると思います」という北川さんは、着物地だけでなく小物やバッグなど絹の可能性を追求した製品の開発に取り組みました。

絹の可能性を拡げる

 白生地での取引先の多くは着物作家や染元ですから新たな製品には販路の開拓が必要でした。北川さんは2016年に商工会議所の販路開拓プロジェクトに参加し、薄物コートに用いられるオーガンジーに伝統文様の刺繍を施した透扇子を提案します。この時、アドバイザーだった百貨店バイヤーが気に入り自店で取り扱ったことから、ポップアップストアなどの引き合いにつながりました。それまでも袱紗や名刺入れといった小物への活用を試みていましたが、透扇子に用いた薄物絹布を使った扇子は、翌年の “おもてなしセレクション”で外国人選定員賞を受賞し、後に2020年ドバイ万博の日本館に来館するVIP向け記念品にも採用されるなど伊と幸の看板商品のひとつになりました。扇子シリーズはその後も、紋紗と呼ばれる夏用着物の生地を用いた都扇や松岡姫を緯糸に使った霞扇とラインナップを増やしています。

霞 扇
平織り地の透ける織の薄物絹布のぼかし染扇子に水引チャームをプラス。引き染めの高度な技術で美しいグラデーションに染め上げ、扇子の仕立ては職人が一本一本手作業で仕立てている。チャームの水引飾りは「香袋」になっていて、取り外し自由。

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日本固有の絹と技の伝統を次代へ

 「この霞扇に使っているのは霞絹という薄い布で、引き染めの職人さんに“ぼかし染め”で色を入れてもらいました」というのは商品企画を担当する廣田真理子さん。大学で日本画を専攻後、図案家として入社しました。今では白生地の図案だけでなく商品企画からパッケージやパンフレットのデザインなども手がけているそうです。「この商品のパンフレットにも染工場や扇子の仕立てを依頼している老舗など、モノづくりに参加していただいている職人さんを紹介しています。絹同様にこの素材を生かすためには絹の文化を支えている多くの職人さんがいることも知って欲しいのです」という廣田さん。霞扇のチャームでは水引と香りの工房とコラボするなど、和装の職人技だけでなく他分野の優れた技術を取り入れようと幅広くアンテナを張っているようです。

 また北川さんは小物だけでなく、他の分野にも絹の可能性を拡げようとチャレンジを続けてきました。そのひとつが絹で空間を演出する絹ガラスです。合わせガラスに絹織物を挟むことで劣化退色することなく保持することができ、光を通して絹の美しさを表現できるもの。この製品では内装資材の展示会への出展や、社内でチームを作って設計事務所など建築関係にサンプルを持って回るという営業活動にも力を入れました。「扇子や小物は、手元に絹を置いていただくことで和の文化、日本の文化を知っていただきたいという思いで作り始めたものですが、建築やインテリアのデザイナーにも絹の魅力を説明している中で和文化に興味を持っていただけましたし、この活動を通じて自己肯定感といいますか、守りたいものがはっきりしてきました」という北川さん。好評を得た絹ガラスはアクリルを用いたもの、樹脂でコーティングした絹障子など、内装材として使いやすいようにバリエーションを増やしてきました。これらのインテリア商品は、ホテルや商空間などの依頼に応じて生地や柄を提案する受注生産なので、これまでに三千柄以上を制作してきたというストックと日本画の心得を持った図案家を自社で擁していることが強みになっているといいます。

刺繍の繊細な質感を見せる行燈のシャンデリア
ホテルロビー中央のシャンデリアに採用された薄絹刺繍の絹ガラス。永遠の石、切子菱、七宝と3柄がオブジェのような造形美を見せている。
透ける蒔絵のような絹のガラステーブル
窓の外に見える鴨川の流れを、金彩の切箔と糸節のある霞絹を黒く染めて再現した絹ガラスのセンターテーブル。

情報発信で絹の未来を拓く

 「ちょっとしたチャンスも見逃さないで、機会あるごとに純国産絹の良さや情報を発信したいと思っています。こうした努力はきっと実を結ぶと信じて、いろいろなことにチャレンジしています」という北川さんは、インターネットを使って広めていきたいと自社のウェブサイトはもとより、ECサイトにも早くから取り組んできました。楽天への出店は15〜16年を数え、自社のオンラインストア、2021年には毎日の暮らしにシルクを提案するシルク365というサイトも開設しています。また着物業界に向けての白生地だけのサイトも運営しています。さらに2011年にオープンした“絹の白生地資料館 伊と幸ギャラリー”では、金彩、絞り染めなどの伝統技法の職人を講師に迎えた体験講座や絹について学べるワークショップを行っています。「着物をお召しになる方が私共のことを知られて、扇面が絹布の扇子をお求めになることもありますし、着物は着ないけれども興味はあるという方もいらっしゃいます。このギャラリーでは養蚕から製糸、製織までの白生地が出来上がる工程や、様々な特徴を持った白生地に触れて風合いや美しい光沢をご覧いただけます。そして着物の着用機会や代々受け継いできた着物や帯があれば、それを生かす方法などもお話しさせていただきます。その中で伊と幸の白生地から着物をお作りになりたいという方にはお誂えもさせていただいています」という北川さん。小物やワークショップを通じて国産絹のすばらしさを知っていただき、本来の着物の良さにまでつながるのは理想の姿といえるでしょう。小売店舗ではないからできるスタイルでもあり、情報発信の拠点としても大きな意味を持っています。

 「今は繭も絹糸も大半が輸入に頼っているのが現状ですが、世界の絹需要が増えて生糸の価格も上がっていますし、昨今の流通の混乱を見ても輸入依存一辺倒では今の産業は立ちゆかなくなるのではないかと思っています。その意味でも養蚕農家を応援して高品質な国産の絹を守っていくことが必要だと感じています」という北川さんは、2022年には松岡姫糸を使い、新たな糸づくりに取り組み“サステナブルファッションEXPO”に出展するなど、SDGsにふさわしい素材としての絹のPRにも務めています。また今年2月の東京インターナショナル・ギフト・ショーには、瑞宝単光章受章の伝統工芸士による工芸ギフト飾り扇を出展するとのことで、素材と製品の両面で絹の未来を切り拓こうとしています。

京都市指定博物館となっている「絹の白生地資料館 伊と幸ギャラリー」にて、廣田真理子さん(左)と北川幸社長(右)。

株式会社 伊と幸

京都市中京区御池通室町東入竜池町448-2

TEL:075-211-2361

https://www.kimono-itoko.co.jp/