三彩工房
伝統技術と新しい道具との出会い
京友禅の染型製作を手がける三彩工房株式会社の峪博氏。友禅染めでは、明治時代に化学染料が導入され、型紙を使って染める型友禅が生まれました。柿渋紙に図案を写して型紙を作り、色糊を使って染めていく技法ですが、多色染めでは何十何百枚という型紙を用いるので熟練を要する職人技です。元々は手仕事一筋でしたが、峪氏は15年ほど前にコンピュータに出会い、いち早くグラフィックソフトによるデータ作成という分野に取り組みました。
「型染めは最初の頃は柿渋紙に手彫りでしたが、その後スクリーン製版に変わりました。私がPCで出会ったときに驚いたのは、手で出来ることはPCで出来るし、手で出来ないような緻密なこともPCならできるわけです。これまでお断りしていたような仕事も、PCなら出来ると思ってすぐに導入しました。それまではスクリーン製版するフィルムにも手で描いていました。染型の業界では、いずれは手仕事に戻るとか、手仕事の味は出せないという人もいましたが、私は絶対にPCに変わっていくと思いました。切り型に使う彫刻刀やスクリーン製版機といった道具と同じで、PCは道具として優れたものだと感じたんです。」という峪氏は当時の最新機だったアップル社のパワーマックG4を導入してデータ製作に取り組みます。「たとえば昔はボカシなら段を彫って表現していたわけですが、スクリーンになるとボカシ具合もなめらかになり、さらにPCになると型狂いがなく、より微妙な表現が出来るようになります。染めの工程でも昔のような丸刷毛を使ったボカシの出来る職人がいなくなって今の人はエアブラシで吹くわけです。手彫りの型の味を表現するような職人も道具もなくなっているのが現状ですから、昔ながらのやり方を続けるのは無理なんです」
峪氏の主要な市場であった和装の世界でも、手描き友禅、型友禅に加えてインクジェットプリンターによる染色が登場し、染色技法にもデジタル化の波が訪れました。このデジタル染色は2010年代に大きく伸長し、京友禅協同組合連合会の2021年度調査では染色加工技術別の生産量で手描染が10.7%、型染が18.9%に対してインクジェットが23.1%と、年々インクジェットの占める割合が大きくなってきていると報告されています。
「昔はウチのような染型作りが300〜400軒ありましたが、今では7軒ほどしか残っていません。スクリーン製版をやっていたところでPCでのデータ作成ができるところは少ないですし、他業種でインクジェット用のデータをつくるところはありますが和装の伝統を理解して複雑な絵柄ができるところはわずかです」という峪氏。この豊富な経験と手彫り時代から培ってきた技術は同社の大きな強みになっています。
伝統技術をアップデートしてBtoC市場へ
三彩工房が一昨年から手がけているのがレーザー彫刻機を導入した商品作り。友禅柄を木製のカップや皿に彫刻したもの、さらに屏風やパネルといったインテリア製品も製作しています。「コロナ渦で和装関係の仕事が激減したときに、本業を崩さずにできることはないかといろいろ模索しました。その時に出会ったのがAEONレーザー加工機です。彫刻という意味では型を彫るのと同じですし、絹に染める型を作るのと木や金属に型を彫るのはやることは同じじゃないかと。それにきものは日本に限定された、しかも着る人が減っている市場規模の小さいものですが、食器やインテリアなら世界規模でニーズを考えられるという展望もありました」と峪氏。けれども最初は試行錯誤の繰り返しで苦労したといいます。「彫る深さとか、彫るのかカットするのかわからずに随分材料を無駄にしました」という峪氏は、様々な工夫を積み重ねながらノウハウを得て、生まれた試作や製品を携えてギフトショーなど展示会に出展します。
「ウチの売りは友禅型などの意匠ですが、皆さん最初は手彫りだろうと思ってご覧になるわけです。額やパネルのよう大きなものですと、手彫りだと価格も相当なものになりますから、レーザー加工で、価格も想像されているものとは一桁違うというと驚かれます。木工所ではお決まりの型しかもっていないですから、こんな複雑な柄をレーザーで彫れるわけがないという反応をされる方もいます。作品を展示していると“こんなものは見たことがない”とよく言っていただくんですが、それは褒め言葉ではない。“買いたい”といってもらわないとダメなわけです」という峪氏ですが、出展作品の意匠と技術に魅了された東京の人形店からの製作依頼や香港の見本市にインテリア装飾として出したいという反響もあり、充分な手応えを感じているようです。三彩工房の豊富な柄のストックと手彫りの経験がレーザー加工という技術を得て、独自のものづくりの道具として使いこなすことで、新たな市場での可能性を見いだしたといえるでしょう。
半歩先を行くクリエイティブで勝負する
2022年9月の東京ギフトショーで最初の2年間の総決算をしたという峪氏。この間にはセレクトショップへの卸や百貨店からのポップアップの誘いなど、販路開拓の面でも一定の成果を上げてきましたが、これからはもっと劇的に変わった姿を見てもらおうとしているといいます。「今後はインテリア分野での提案を積極的にして生きたと思っています。素材も木だけでなく、ガラスや金属も使いますし、食器類にしても食洗機対応できる素材を見つけましたので、もっともっと進化した三彩工房を見ていただけると思います。今までは市場調査をして商品開発していましたが、これからは自分の作りたいものを作って世に出していきたいですね。買う人に合わせるのではなく、半歩先をいくものづくりをお見せしていこうと思っています」。伝統工芸士であり、2020年に「京の名工」を受賞した峪氏。伝統をベースに技術開発に挑み、展示会などの出展から市場の空気を肌で探ってきた峪氏のマーケティングよりもクリエイティブを優先するという姿勢には、手仕事を通じて体得した“ものづくりの強さ” の自信が伺えます。歴史を積み重ねる中で生き残ってきた美意識や技術の可能性を、新しい分野でどんな商品に結実させていくのか大いに楽しみです。
三彩工房株式会社
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