KOSHO
2012年ニューヨーク近代美術館(MoMA)ミュージアムショップに採用され、さらに2013年に京都デザイン賞を受賞、2015年に日本の優れた“おもてなし心”あふれる商品・サービスを発掘し、世界に広めることを目的に創設されたOMOTENASHI Selectionでは初年度に金賞を受賞するなど、各方面で高い評価を受けてきたKOSHOの帆布バッグougi。京都府の京もの愛用券のなかでも毎年トップクラスの売上げを続けています。この人気ブランドの誕生とロングセラーをキープし続ける秘密を探ろうと工房を訪ねました。
未来をクラフティングする
「ougiはそれまで続けてきた布アートを創作する中で生まれたものです。麻素材を使ったタペストリーなどインテリアを手がけていたのですが、お客様から身につけるものが欲しいという声があってバッグやストールなどを創り始めました。いろいろ試作するなかで三角のモチーフが扇のように広がるバックになれば面白いものができそうだと気づきました。でも麻素材だといまいち、そこで工房にあった帆布で作ってみたらすっきりハマった。これこそが創りながら生まれる発想、人の手から生まれでるデザインです」という小川光章さん。哲学や経営学の分野でも、彫刻家や陶芸家が手を動かしながら作っていくように創りながら考えることをクラフティングと呼びますが、光章さんの言う手から生まれたデザインはまさにその実践といえるものでしょう。
友禅から布アートへ
日本画の世界観が好きだったという10代の光章さんは大学進学よりも友禅工房での修行を選びます。京都では図案から下絵、彩色、染色といった手描き友禅の工程は分業制で進められるのが主流でしたが、光章さんが修行した工房は珍しくトータルに友禅染を手がけていたので、友禅制作の工程全てを学ぶことができました。展覧会での入賞など業界内で実績を積み10年を経て独立が認められ“光章”の名と落款を手に友禅作家として歩み始めました。けれども和装産業は衰退期に差し掛かっていて、未来は決して明るいものでは無かったといいます。そんな折、陶器をメインに扱うショップオーナーからのタペストリーやコースターの創作依頼が舞い込み、作品が好評だったことからインテリアの制作へと舵を切りました。それまでの絹から麻という新しい素材を得て、暖簾やタペストリーなど生活を彩るインテリア分野に試行を繰り返しながらも徐々に取引先は広がっていきました。やがて作品が女性誌で紹介され、百貨店からも催事の依頼が増え、手描き染めの布アートというポジションを獲得します。手描き友禅と同じ手法・道具を使った筆のタッチや色彩、刷毛による手染めの味わいは人気となり、さらにはお客様からの“身につけるものが欲しいわ”という声を受けてバッグやストールなどファッションにも創作が広がっていきました。けれども一方で、その評判を真似する業者の増加にもつながり、市場での競合を招くことになりました。
商品は創り込むことで語ってくれる
ヒット商品を生み出しても、常に新しい商品を投入しなければ自らのポジションを維持することができないとか、新鮮なデザインを提供しなければ顧客に飽きられるのではないかという不安は、どこの分野にもある悩みです。スクラップ&ビルドがなければ発展しないというものの、それではロングセラーの可能性を捨てたり、ブランドの確立に背を向けることにもなりかねません。光章さんはどのようにougiをロングセラー商品に育ててきたのでしょうか。
「ougiバッグのデビューは東京の展示会でしたが、成績としては惨敗でした。なぜこの世界観がわからないかと悔しかった」という小川さん。単独で出展した意気込みとは裏腹に結果が付いてこなかったのですが、東京がダメなら今度は世界だとばかりに翌年にはパリのメゾン・エ・オブジェに出展。ここでMoMAやエルメスのバイヤーの目にとまったことで、大きな転機がやってきます。パリから帰国して後は、商工会議所の創造的文化産業モデル企業に選出され、京都府の京もの愛用券カタログに掲載されるなど、行政の支援も得ながらメディアに取り上げられる機会も増え注目を集めていきます。パリでの成果はエルメスからは小川光章の染色の世界観が高く評価され“カレ”スカーフのプロトタイプの依頼に結びつき、MoMAではougiバッグが販売されるなど“ブーメラン効果”というほど徐々に取引先が増えていきました。
「展示会でも売場でも、品物が営業してくれるといえるくらい創り込んでいます。いちばん大切にしているのは商品を創り込むこと。だからデザインはもちろん縫製も自社の工房ですし、私自身も創り手と同時に買い手の感覚を大事にものづくりに謙虚な気持ちをもって携わっています。ougiはシンプルなデザインですが、裾の広がりで扇に見えるところや挿し色と同色のステッチの美しさなど、手が抜けないところばかりです。私が手で感じて創りだしたように、ものづくりが大好きなスタッフたちの丹念な手仕事から伝わるものがあるんですね。類似品が出てくることはあっても、このものづくりのこだわりに徹したことで真似されにくく、長い期間愛されるものになったのかなと思っています」
古くならないデザインの秘密
今では工房の主力商品までに育ったougiバッグ。毎年、新たなモデルを投入していますが、基本のデザインは変わりません。「ougiはまだまだ変えていける余地があります。ougiのデザインを女性のデザイナーが手掛けたらまた違ったものになるだろうし、素材を変えてもいい。今までは自然素材にこだわってきましたが、新素材を使ってもいいかもしれないし、次にすることはまだまだあります」という小川さん。ougiバッグは、日本はもとより欧州、米国、中国などでも意匠と商標を登録しています。かつて模倣品に悩まされたことも背景にはあるでしょうが、それより感じるのはデザインへのこだわりです。色の組み合わせ、素材、完成度の高い縫製、モノを創り込むことで古くならないデザインに高めていくという確かな自信は、欧州のラグジュアリーブランドにも共通するものといえるでしょう。
コロナを契機に新たなステージへ
百貨店のPOP UP SHOPやカタログギフト、全国のセレクトショップという販路がダメージを受けたコロナ渦で、光章さんは新たな一手に着手しました。それはオンライン販売への本格的な参入です。工房のスタッフと共に、どうしたらお客様に伝わるかを考え抜いて自らの手でサイトを組み上げていったといいます。その結果はわずか1年足らずで、これまでPOP UP SHOPを開催していない地域からもオーダーが入り、全国から多くの受注が得られるようになりました。さらにオンラインならではの施策もはじめました。「自社生産だからできるという強みをオンラインで生かしていきたいと思っています。自社で創り自社で運営しているからできる新しい仕掛けを試していこうと。今年はじめた季節限定色の予約販売もそのひとつです」。SNSでの発信、楽天やヤフーにも出店と、はじめた限りは次へ次へと進んでいく光章さんの姿勢はougiの海外出展の頃から変わらずパワフルです。コロナ渦でも工房で働くスタッフを守りながら、次のチャレンジを欠かさない光章さん。オンラインとPOP UP SHOPを中心に“今は身の丈にあったやり方で”といいながらも、アフターコロナ市場で今後ougiをどう進化させていくのかが楽しみです。
光章
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