ギャラリー洛中洛外 / (株)熊谷聡商店
京の焼き物を世界へ
京焼・清水焼の特徴は、陶土をほとんど産しない土地柄故に、他産地から入ってきた土を独自にブレンドすることで個性的なやきものを生み出してきたという歴史にあります。しかも都であったことから茶人、公家、武家、町衆という最先端の消費者と大きなマーケットに支えられてバラエティ豊かな陶磁器を生み出してきたのです。江戸時代の野々村仁清をはじめ多くの高名な陶工を輩出する一方で、市場のニーズに応える生産性を追求することから原料の調達、ロクロ師、絵付師、窯師といった分業体制が生まれました。これは京焼・清水焼が手仕事によって受け継がれてきたために産業としての拡大には専門化する必要があったからだといいます。原料や技法が多岐にわたる京焼・清水焼ですが、唯一の決まりがロクロも絵付けもすべて手作業で行うという点です。
また分業にも窯元が上絵師に絵付を発注したり、卸商がそれぞれの行程を依頼したりという色々な形態があり、それぞれ依頼主はプロデューサー的な役割を担うことになります。
この焼き物プロデューサーとして約100軒もの窯元とものづくりを行っているのが熊谷聡商店です。同店では百貨店、ギフトの会社、ネット販売会社等の販売チャネルを持ち、さらにオリジナル対応やBtoBでの製造も手がけています。
「父の代にはネット販売だけの会社はお断りすることが多かったのですが、私の代になってから積極的につながりを持ち、10年程前から少しずつ反応がでてきました。今では取引先の地方の小売店もネット販売をされているので、全体の2〜3割がネット関連になっています」と語るのは3代目の熊谷隆慶さん。入社して20数年という熊谷さんがネット販売とともに取り組んだのが、海外市場の開拓です。パリ、フランクフルト、ニューヨークなどの海外の展示会へ出展。特に発展する中国市場に着目し上海、北京、深センといった沿岸部から西安など内陸まで出かけていきました。「国内のニーズはつかんでいましたが、海外は何が売れるかわからないので、食器、花生などいろいろ持って行きました。最初は展示会での反応もバラバラというか、好みが来場者によって異なっていましたが、この数年はインバウンドの増加といいますか、日本で食に触れる方が増えた結果でしょうか食器、茶器などが伸びてきました」という熊谷さん。海外の展示会は行くたびに新たな発見があるといいます。「コーヒーカップひとつでも国によって反応は違います。パリではデミタスカップが好評でしたが、アメリカでは普通のマグカップサイズも小さいといわれました。それで百貨店などをリサーチしたら並んでいるカップの大きさが全然違うんです。その国にあったサイズ感でないと受け入れられないということを学びました」
本物を見てもらう
長い歴史と伝統ある京都の陶磁器も時代ごとに盛衰の波があります。熊谷聡商店では先代がギャラリー洛中洛外をオープンしました。京都の本物を見せるというコンセプトの元に、エントランスの路地には飛石を配し、聚楽壁、北山杉などの本物の素材と職人技の設えのなかで作家もの和食器を展示するショールームです。また2階には厚さ約2mmという繊細な京焼きの陶板で洛中洛外図屏風を再現して壁面を飾るなど、建築装飾の提案もいち早く行っています。生活様式や安価な製品の輸入といった市場の変化の中で生活文化としての付加価値を高める必要があったのでしょう。このショールームには全国の小売店が訪れ、設えも含めて売場づくりの参考にされることも多かったといいます。
ブランディングで差別化商品を生む
熊谷さんが企画開発した人気の商品に“花結晶”シリーズがあります。これは亜鉛を含んだ釉薬から生み出される結晶が磁器の表面に優美な花を咲かせたように広がるもの。もともとフランス、ドイツなどヨーロッパで亜鉛結晶として知られていた手法ですが、通常のレシピではかなり低い確率でしか大きい結晶がでないもの。これを依頼した窯元が温度管理や釉薬の配合テスト、そして焼成を繰り返し、かなり高い確率で結晶を出すことができるようになりました。熊谷さんはこの技法を“花結晶”とネーミングしブランディングしていくことで、差別化された商品として市場でのポジショニングを得るに至りました。
こうしたブランディングの大切さは、熊谷さんが内外の展示会出展に取り組む中で得たものだといいます。「あたらしきもの京都のプロデューサーの西堀さんとはパリの展示会の時に海外のデザイナーとコラボして以来ですから2013年頃からのおつきあいです。彼のプロジェクトではデザイナーのみやけかずしげさんと組ませていただいて、いろいろなものにチャレンジしてきました」
商工会議所の国内販路開拓プロジェクトで発表してきた商品の“涼の音・置物風鈴”や“きの香・香炉”はみやけ氏のデザインです。「デザイナーの方が考えるのはロングランできる商品です。みやけさんはよく“ありそうでなかったデザイン”という言い方をされます。年数を経ても古くならないデザインは専門の方でないと出せないですね。元々デザイナーという職業を重視してなかったのですが、伝産をちょっと新しく提案していく上で、デザイナーの役割は大きいと気づきました」
こうしたデザイナーとのコラボレーションは=K+(イコール ケープラス)というブランドに結実しました。また海外での出展を通じてドイツのホテルから舞い込んだのが“鉄瓶にあう茶器が欲しい”という依頼。パリの美食ブランド、フォションが紅茶用に鉄瓶で湯をサーブするようになったこともあり、南部鉄器は海外でも人気を博していました。そしてこの頃、既知のデザイナーでインテリアやプロダクトを手がける山下順三氏からアメリカ・ロサンゼルスからの同様の依頼を受けました。東西からの同じようなニーズに需要があると感じた熊谷さんは、黒銹という黒いサビのような色とゴツゴツした表情のある技法を提案し、山下氏のデザインで生まれたのが“黒銹 茶器揃”です。
建築や商空間の可能性
熊谷さんは京焼・清水焼の可能性はまだまだあるといいます。「焼き物は食器だけでなく、いろいろな形に変えられます。アウトプットの選択肢は広くしないといけない、全方位に出口をたくさん作っていこうと思っていますし。海外もそのひとつですが、国内でもできることはまだまだあります」
熊谷さんが取り組んでいるそのひとつがインテリアへの活用です。「パリのメゾン・エ・オブシェで器を並べていても全然売れなかったときに、他のブースを見て回ったんです。そのひとつにタイルを作っていたイタリアのブースでいろいろと話を聞くうちにインテリアのマーケットは大きいと感じました。」その経験から生まれた花結晶の照明や壁面パネルは国内のホテルやレストランに採用されるに至りました。
「古来から京都で創られてきたものは大量生産できないものであり、何かに特化することで真似できないものを目指してきました。花結晶のような技法もそうですし、それぞれの窯元が磨き上げてきた技術や加飾によって焼き物に味を入れていく美意識は京都が生き残っていくものに必要なことです」と語る熊谷さん。世界に京焼・清水焼を発信するセラミックプロデューサーとして、これからも今までにない斬新な製品を生み出してくれることでしょう。
和食器ギャラリー洛中洛外
京都市山科区川田岡ノ西町1-4(清水焼団地内)
TEL : 075-595-5450
営業時間 : 平日 / 10:00~18:00、日・祝・盆・年末年始 / 10:00~17:00
年中無休 (元日を除く)
http://www.rakuchu-rakugai.jp/
株式会社 熊谷聡商店
京都市山科区川田清水焼団地町9-5
TEL : 075-501-8083