和装の伝統を異業種に伝えたい
西陣織や丹後ちりめんを美しく染め上げた友禅、金彩など技巧を凝らした加飾、和装には京都に脈々と受け継がれてきた染織の職人技が息づいています。
着物スタイリストとして多くのTV、映画、雑誌を手がける中でオリジナルの着物づくりに取り組んできた(株)京香織が、着物の職人技をより広い分野に活かしたいと立ち上げたのが(株)黒香師工房です。 「従来の着物の流通ではなく、着物づくりで得た知識を活かして着物素材の違う使い方や異業種に着物を使った別のカテゴリーを提案しようと思いました。私自身は特別な技術を持っているわけではありませんが、綴れ織りの職人だった母を見て育ったからでしょうか、様々な職人さんの技術を残して行くには着物だけでは難しい時代になったと感じていたのです」と語る冨田晴美さん。工房をスタートして最初に取り組んだのは着物や帯などの和装に用いられるシルク生地を使ったポーチやタブレットケース。これらを商工会議所の販路開拓プロジェクトに持ち込みました。当時の事業構想は“伝統ある職人技で作られる和装製品の歴史ある物と現在のアイデアを融合することで今までにないもの作りや生地そのものの美しさを生かし、若い世代に継承できるようにと願っております。織物は、縦の糸と横の糸の交わりによって色々な模様を作り上げていきます。和の要素だけではなく、さらに新しいものが生まれます。織る染める縫うによる新たな可能性に挑戦中です。”というものでした。この試みは翌年も続きテーマも“職人技とデザインから生まれた逸品 KIMONOルネッサンス”となっていきます。
この時期を“無我夢中だった”と振り返る晴美さん。本業の着物づくりの際に生地を余分に織ってもらったり、少量のものは創れないという職人にも少しずつ理解を得て、ボトルカバーやアクセサリーなど様々なアイテムを制作していきました。そして京都市の海外展開プロジェクト・京都府京ものクオリティ市場創出事業、東京インターナショナルギフトショー『SOZAI展』と様々なイベント出展を行っていきます。「私としては 和素材の種類によって描いていくカテゴリーは無限にあるのにと思っていたのですが、会社として何を軸にものづくりがしたいのか絞って考えてみてはどうかとご意見をいただくこともありました。出展させていただいたことでアドバイザーや他の出展者などいろいろな立場の方々から意見を伺い、たくさんの経験をさせていただきました」 という晴美さんに、全国の百貨店から声がかかり催事出展という機会をつかみます。
アクセサリーブランドの誕生
物や帯という素材を活かす商品を模索する晴美さんは、ものづくりと催事出展に追われる日々のなかで、悩んだときに客観的なアドバイスを身近な人にと、娘の真由さんに求めるようになります。大学でファッションを学び、アパレル企業で販売に従事していた真由さんは、百貨店での接客の経験から最適だと晴美さんには映ったのでしょう。真由さんも就職から4年を経て、ちょうど転機にあったといいます。
「大学でデザインからパターン、縫製までをトータルに学んでいたのですが、いいデザイナーになるためにはお客様の声を聞かないといけないと思い販売を経験したくて入った会社でしたが、そろそろものづくりに携わりたいと思うようになっていました。私の会社はインポート系のアパレルでしたし、もともとイギリスなど海外のファッションに影響を受けていて父や母の和の世界には興味はなかったんです。」という真由さんに、着物地を使ったアクセサリーをつくってみないかと持ちかけました。
晴美さんには、真由さんの世代なりの若い人への伝え方や方法が有るのではないかという思いがあったといいます。「社名にある黒香師の師は、伝統的な技の伝道師でありたいというビジョンを表していますし、伝えることが我が社のコンセプトですから」
そんな2人の思いが交差して真由さんをデザイナーとするaturae(あつらえ)というブランドが誕生します。
お客様の声を商品づくりに
「最初にできたのがバレッタです。いろいろ制作していましたが着物や帯という素材のメリットが何かわからなかったのですが、ある催事でのお客様とのお話しの中で重厚に見えるけれど、とっても軽くていいという評価をいただいて気がつきました。金箔を使った素材なのですが、帯としては使いづらいものがアクセサリーには向いていたのです。」晴美さんは消費者の声をきくには催事が一番といいます。お客様の声を聞いて商品作りに反映していくのが大切だと。
晴美さんと共に催事を回っていた真由さんも催事の効果を実感したといいます。「女性は年齢が高くなると髪のボリュームが少なくなって大きなバレッタは使いずらいということがわかりました。そこで小さなバレッタを作ってみたら同じ悩みの方がいて反響が大きかったんです。さらにクリップがいいという方もいて作ってみたら好評でした。」催事ではお客様のリクエストに併せてその場で作り替えたら、あなたができるのってびっくりされたり、いいリレーションが生まれるといいます。
お客様に気づきをプレゼンする
「私たちは自由に使ってもらたらと思っていますが、お客様は提案してあげないとピンとこないんですね。ヘアゴムがストール留めにいいとか、着物の時の草履マーカーとしても便利だとか、ひと工夫を伝えていかないといけないと実感しています」という晴美さん。一方、和の世界に違和感を持っていた真由さんも“知ってみるとびっくりするほど面白かった”といいます。「織りの糸が生み出す奥深さや染織の美しさを知ると、この綺麗な素材や技を残していかないと未来の子達がかわいそうと思うようになりました」という真由さんは、美しさと共に人の役に立つものを作りたいという思いがあるとのことで、2020年からのコロナ渦で“長時間マスクをしていると耳が痛い”というお客様の声からヘアアクセに見えるマスクバンドというアイテムも生み出しました。
世にないもの、知らないものにヒントがある
「帯や着物の伝統を伝えるという使命感があって、シルク素材や型染め、西陣織りと本物にこだわってきましたが、一方で着物の世界ではインクジェットが進化して型染めとの違いが素人ではわかりにくくなったり、どこまで伝えられるかという課題も生まれてきました。またお客様の声を聞くと、和柄が大好きとか、シルクの手触りが好きとか、魅力のとらえ方はそれぞれなので、お客様の分野に併せた提案の方法があるのではないかと思いはじめています。」という晴美さん。“世の中にないものを作るのが夢”とのことですが、まずは「知らない方達に、本物の良さを伝えないとはじまらない」と起業時の意欲はそのまま。
昨年春には社屋の一階をショールーム&サロンとしてリニューアルしました。コロナ渦のためにオープンは見合わせているとのことですが、これまで出会った多彩な人の輪をミックスして展示、イベント、体験の場として活用していく予定。和の伝道師としてさらなる飛躍が楽しみです。
株式会社 黒香師工房
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京都市上京区築山南半町240 花の御所 katsutarou館
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